最高裁判所第一小法廷 昭和60年(行ツ)179号 判決 1988年4月21日
上告人
広島市西区長佐伯邦昭
右訴訟代理人弁護士
堀家嘉郎
宗政美三
石津廣司
被上告人
広陽日産モーター株式会社
右代表者代表取締役
前弘登
右訴訟代理人弁護士
開原真弓
大本和則
渡部邦昭
右訴訟復代理人弁護士
福本庸一
主文
原判決を破棄する。
本件を広島高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人堀家嘉郎、同宗政美三、同石津廣司の上告理由について
一原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
(一) (1) 訴外山陽日産ディーゼル株式会社(以下「訴外会社」という。)は、大型及び中型トラックの販売会社であるが、本社、営業所として、広島市西区に一審判決添付別紙目録記載の土地(合計3404.53平方メートル。以下「本件土地」という。)及びその上に存する社屋、工場、作業場等の建物(昭和三八年一〇月建築。床面積合計約二〇〇〇平方メートル。以下「本件建物」という。)を所有し、使用していた(空地部分はコンクリート舗装し、洗車場、車検場等の附属設備を設けていたほか、車輌置場として使用していた。)(2) 被上告人は、小型乗用車及び大衆乗用車の販売修理会社であるが、同市同区に一八〇〇平方メートル余の土地を所有していた。(3) 被上告人は、昭和五四年九月一〇日訴外会社から本件土地建物を買い受け、同年一二月二四日所有権移転登記を経由し、同月二五日その引渡しを受けた。なお、そのころまでには、訴外会社名義の電話及び上水道の使用は停止されていた。(4) 本件土地建物について、被上告人は、本件建物の一部を改築して利用する方法と本件建物を全面的に取り壊して建物を建て直す方法とを検討したが、最終的に、昭和五五年一月一〇日ごろ、本件建物を全部収去し、本件土地の西側一三〇〇平方メートル余の部分に事務所及びサービス工場を建築しその余の部分を中古車展示場として使用する方針を決定した。(5) そこで、被上告人は、同年一月一六日本件建物の解体工事を着手し、同年二月二〇日ごろこれを完了した。そして、被上告人は、本件土地の東側約二〇〇〇平方メートルの部分をアスファルト舗装し、同年三月一〇日過ぎからとりあえず右部分で中古車センターを開業し、更に、同年五月には本件土地の西側部分において営業所及び自動車修理工場(鉄骨造二階建建物。建築面積七六八平方メートル。)の建築に着手し、同年九月二三日これを完成させたうえ、同年一〇月一日ここに西営業所を開設した。
(二) (1) 被上告人は、本件土地を買い受けたため、従前の所有土地と併せると、昭和五五年一月一日の基準日において広島市西区内に基準面積五〇〇〇平方メートル以上の土地を有することとなり、その結果、特別土地保有税の免税点を超えることとなつた。(2) そこで、被上告人は、上告人に対し、昭和五五年五月三〇日、地方税法(昭和五七年法律第一〇号による改正前のもの。以下「法」という。)六〇三条の二第一項の特別土地保有税の納税義務の免除の認定を申請したが、上告人は、同年八月一一日右認定をしない旨の決定(以下「本件否認処分」という。)をし、その旨を被上告人に通知した。(3) なお、本件の場合、法六〇三条の二第一項の認定をすることができるかどうかは本件土地の昭和五五年一月一日の現況によることとされている。
二原審は、右事実関係のもとにおいて、
(一) 法六〇三条の二第五項、五八六条四項によれば、法六〇三条の二第一項一号の認定をするかどうかは、建物等の構造、利用状況等が法施行令五四条の四七第一項の基準に適合するかどうかによつて、基準日(本件の場合は、昭和五五年一月一日)における外形的事実から客観的に決定されるべきである、(二) 本件建物が法施行令五四条の四七第一項一号の基準に該当することは明らかである、(三) 同項二号の基準については、当該土地に存する建物がそれまで継続的に利用されていたが、たまたま基準日において利用されていなかつたとしても、右の建物が外形上将来にわたつて十分利用できるときは、原則として右の基準に該当するというべきところ、本件の場合、さきに認定したところによれば、本件建物は、(ア) 基準日の時点では利用されていなかつたが、(イ) 恒久的な構造を有し、なお相当の期間利用することができたこと、及び、(ウ) 被上告人が本件土地建物を取得するまでは、訴外会社によつて利用されていたことが明らかであり、(エ) 本件全証拠によつても、基準日当時本件建物が利用されないことが外形的に明らかであつたことは窺えない(基準日当時、本件建物が取り壊されることが外形的に明らかであつたとはいえない。)から、同項二号の基準に該当すると解するのが相当である、(四) 被上告人が本件土地について法六〇三条の二第一項の認定を受けるために必要なその余の要件は具備されている、(五) そうすると、上告人は、被上告人の申請について右の認定をすべきであつたのに、本件否認処分をしたのであるから、本件否認処分は違法である、として第一審判決を取り消したうえ、本件否認処分を取り消した。
三しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
法六〇三条の二第一項は、特別土地保有税の納税義務の免除の前提として、市町村長が同項各号に掲げる土地のいずれかに該当する旨の認定をすることを必要としているところ、同項一号は当該土地に存する建物等が「恒久的な利用に供される」ものとして政令で定める基準に適合することを要件とし、法施行令五四条の四七第一項一号は「その構造及び工法からみて仮設のものでないこと。」(以下「一号の基準」という。)として、同項二号は「その利用が相当の期間にわたると認められること。」(以下「二号の基準」という。)として、それぞれの基準を定めている。また、法六〇三条の二第五項、五八六条四項は、右の認定が法五九九条一項の規定により特別土地保有説を申告納付すべき日の属する年の一月一日(基準日)の現況によるものとしている。
しかして、市町村長が右の各号の基準に適合するかどうかを認定するにあたつては、基準日現在の事実(現況)に基づいてその認定を行うべきであるが、基準日の前後における事実であつても、それが基準日現在の事実(現況)を推認させる補助的な事実であれば、その限度でこれを斟酌することができるし、また、斟酌することを必要とする。とりわけ、二号の基準に適合するかどうかは、基準日現在の事実(現況)のみではこれを判断することが困難であるから、この場合には、所有者の利用意思、当該建物等の具体的な利用状況等基準日の前後における事実を総合的に考慮して認定しなければならないというべきである。
これを本件についてみると、被上告人が法六〇三条の二第一項一号の認定を受けるためには、基準日(昭和五五年一月一日)において、本件建物が、仮設のものでなく(一号の基準)、かつ、相当の期間利用されると認められる(二号の基準)ことが認定されなければならないところ、さきに判示したとおり、原審が二号の基準に適合すると判断した前提として認定したところは、結局、前記二(三)(ア)本件建物は基準日の時点では利用されておらず、同(エ)本件全証拠によつても、基準日当時本件建物が利用されないことが外形的に明らかであつたことは窺えないというにすぎない(原審が確定した前記二(三)(イ)の事実は、一号の基準に適合すると認定するための事実とはなり得ても、二号の基準に適合すると認定するための事実とはなり得ないし、同(ウ)の事実は、被上告人の前所有者に関する事実であつて、本件建物が基準日において二号の基準に適合するかどうかの判断についてはなんらかかわりがないといわなければならない。)のである。しかし、右(ア)は本件建物が二号の基準に適合しないことを推測させるにすぎず、同(エ)をもつて直ちに本件建物が二号の基準に適合するということができないことは当然である。しかも、原審は、基準日の後における事実として、前記一(一)(5)において、被上告人が昭和五五年一月一六日本件建物の解体工事に着手し、同年二月二〇日ごろこれを完了した事実をも認定しているのであつて、この事実にかんがみると、本件建物が二号の基準に適合するということは一層困難である。
以上によれば、本件建物が二号の基準に適合するかどうかを判断するためには、基準日現在の事実(現況)についてはもちろん、所有者である被上告人の利用意思、本件建物の具体的な利用状況等基準日(昭和五五年一月一日)の前後における事実についても更に審理を尽くさせるを相当とする。
四そうすると、以上判示したところと異なる見解に立つて本件否認処分を取り消すべきものとした原判決には、法六〇三条の二第一項一号、法施行令五四条の四七第一項二号の解釈適用を誤りひいては理由不備を犯した違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤哲郎 裁判官大内恒夫 裁判官四ッ谷巖)
上告代理人堀家嘉郎、同宗政美三、同石津廣司の上告理由
第一点 原判決は、地方税法(以下「法」という。)六〇三条の二第一項一号及び同法施行令(以下「施行令」という。)五四条の四七第一項二号の解釈適用につき、判決の結果に影響を及ぼすことが明らかな違背がある。
一 特別土地保有税は、いわゆる土地ころがしによる地価の異常な上昇を抑制するため、投機的な土地の取引を抑制するとともに地価の上昇待ちで保有する土地を宅地供給の促進のため吐き出させることを目的として、昭和四八年に創設された政策的性格をもつ税であるが、その後、土地取引や地価の動向が鎮静化傾向をたどつたこと、国土利用計画法の施行をはじめとする土地利用の規制に関する諸制度の整備が行われたことなどにより、昭和五三年法律第九号による地方税法の一部改正により、法六〇三条の二の規定が設けられ、これによつて社会通念上相当程度の利用がなされている土地については、例外的に特別土地保有税の納税義務を免除することとして、課税の緩和を図つたものである。すなわち、同税は、同一市町村において、法人又は個人が広い面積の土地を保有することを抑制する目的をもつものであるから、保有する土地が基準日において法五九五条の基準面積(五〇〇〇平方メートル)を超える場合には、土地所有者は同税の納税義務を負うのであるが、土地が法六〇三条の二第一項に規定する要件に該当する建物の敷地等として利用されている場合には、例外的措置として一旦発生した納税義務を免除することとされているのであるから、右要件は厳格に解釈適用されるべきものである。
法六〇三条の二第一項一号は、特別土地保有税の納税義務の免除につき、「事務所、店舗その他の建物又は構築物で、その構造、利用状況等が恒久的な利用に供される建物又は構築物に係る基準として政令で定める基準に適合するものの敷地の用に供する土地」については、同税の納税義務を免除するものとする旨を規定し、政令で定める基準として施行令五四条の四七第一項において、「その構造及び工法からみて仮設のものでないこと」(一号)(以下「一号の要件」という。)及び「その利用が相当の期間にわたると認められること」(二号)(以下「二号の要件」という。)が規定されている。本件で問題となるのは、二号の規定の解釈適用である。
地方税法の主管官庁である自治省は、施行令五四条の四七項第一項二号につき、施行通達において、「その利用が相当の期間にわたるか否かの認定にあたつては、所有者の利用意思、所有者による建物の具体的な利用状況等を総合的に勘案して判定すべきものである。」(乙九号証一四八頁下段参照)という解釈を示している。
しかして、具体的事例に対する解釈適用につき、基準日において一時的に建物としての利用が停止されているにすぎない場合は、二号の要件に該当するが、「(取得者が)建物の取壊しを予定している場合や、第三者に引き継ぐ意図もなく放置し、何らの維持管理もしていない場合は免除対象とはならない」旨の解説がなされている(乙一〇号証四一頁下段参照)。
自治省の右解釈は、本件納税義務免除制度の趣旨からみて妥当適切であり、法六〇三条の二の立法趣旨を示すものである。「その利用が相当の期間にわたると認められること」という二号の要件は、法の「恒久的な利用に供される」ことの内容をなすものであるから、自治省の右解釈のとおり所有者の利用意思、建物の具体的な利用状況等を総合的に勘案して判断されるべきである。
基準日である一月一日には利用されていなくても、それが一時的な利用停止であるとき及び建築中の建物(完成していなくても判例のいう建物と認められる程度に達したもの)であるときは、社会通念上建物所有者が恒久的な利用に供する意思をもつものと認められるから、二号の要件に該当すると解すべきである。これに対して、基準日において利用されていないことが取壊し予定によるものであり、しかも不利用の状態が続いた後に基準日に密接した時点において取壊された場合には、二号の要件を欠くものと認められると解すべきである。本件事案は、まさにこのような場合であるが、原判決は次に述べるとおり二号の要件の解釈適用を誤り、旧建物は二号の要件に該当すると判断して、上告人の免除否認処分を取り消しものである。
二 原判決の法六〇三条の二第一項一号の解釈(一〇丁裏から一一丁表)は、説示の文言自体からみる限りは正当であり、施行令五四条の四七第一項二号の解釈のうち、前段(一二丁表八行から裏三行)は正当であるが、後段(一二丁裏四行から一三丁表一行)は違法であり、結局法六〇三条の二第一項一号の解釈を違法ならしめているのである。右後段部分の原判決の説示は、次のとおりである。
「当該建物が、仮設のものであつたり朽廃に近い状態のものであるときは格別、そうではなく、しかもこれまで継続的に利用されてきたものであつて、外形上、将来も十分に利用可能なものであるときは、利用されない期間が基準日以前の長期間にわたつているとか今後は利用されないことが外形的にも容易にうかがわれる(例えば、取壊し予定の看板が建てられている等)といつた事情がない限り、原則として「その利用が相当の期間にわたると認めらること」という前記要件に欠けるとはいえないものというべきである。」
しかしながら、法六〇三条の二第一項一号は、納税義務免除の要件として建物の構造、利用状況等が恒久的な利用に供されるものであることを掲げ、その基準を政令で定めることを規定しており、施行令五四条の四七第一項一号は構造にかかる基準(仮設のものでないこと)を規定し、同項二号は利用状況等の判断基準として「その(建物の)利用が相当の期間にわたると認められること」を規定しており、一号の要件と二号の要件がともに充足されることをもつて、建物の構造、利用状況等が恒久的な利用に供されるという免除要件を満たすと定めるものであるから、二号の要件は基準日における建物の利用状況及び所有者の恒久的利用意思の有無等を総合的に勘案して判断されるべきである。しかして、当然のことながら、基準日前において土地建物の所有権移転があつた場合、右判断は旧所有者についてではなく、基準日における所有者についてなされるべきものである。
右引用部分にいう「今後は利用されないことが外形的にも容易にうかがわれる」とは、当該建物を相当の期間にわたつて利用しないという所有者の意思を表徴する外形的な事実が基準日現在において存在することをいうのであれば正当であり、かつ、そのように解すべきである。ところが、原判決は、その例示する如く取壊し予定の看板があること等をもつて、外形的にも容易にうかがわれる事情であるとし、かかる事情がない限り、利用状況等が恒久的なものと判断すべきであるというのであつて、その解釈は、法の明文の規定に違反し、狭きに失する独自の解釈というべきである。
原判決の右解釈の違法は、免除の手続を考えるならば、さらに明らかである。すなわち、課税庁が職権をもつて基準日において建物の利用状況等を調査して、免除要件に該当するか否かを決定するのではなく、納税義務者が納期限(本件では五月三一日)までに免除認定申請をし、市町村長は、右申請に基づき、特別土地保有税審議会の議を経て、建物が基準日たる一月一日において施行令五四条の四七第一項一号・二号の各要件に該当するか否かを判断の上、免除するか否かを決定するのである。すなわち、市町村長の決定は、免除認定申請のあつたときから遡つて、基準日に存在した事実によつて「その構造、利用状況等が恒久的な利用に供される」ものであつたか否かを判断してなされるべきものであるから、基準日以降に発生した事実もまた判断の資料となるものである。この点については、原判決も同旨の解釈を説示し、これらの事実を補助的事実と呼んでいるが(一〇丁裏から一一丁表)、本件事案の判断については反対の態度をとつているのであつて、この点においても理由不備の違法を免れない。
三 原判決は、「基準日の時点で旧建物は利用されていなかつた」ことを認定しているが(一三丁表二・三行)、つづいて「旧建物自体は、恒久的な構造を有し、なお相当期間利用に供し得た建物であつたものであり、また控訴人が本件土地及び旧建物を取得したのは前年の一二月二四日であつて、それまで旧建物は訴外会社によつて利用されていたことが明らかであり、さらに控訴人が本件土地及び旧建物を取得してから基準日まで約一週間に過ぎず、反面本件全証拠によつても基準日当時旧建物が利用されないことが外形的に明らかであつたことがうかがえないから、基準日当時旧建物については、「その利用が相当の期間にわたると認められること」という基準が充足されているものと考えるのが相当である。」(一三丁表四行から裏二行)
と判示している。これが被上告人の免除認定申請に対する否認処分を取消した(主文二項)理由である。右引用部分中「旧建物自体は、恒久的な構造を有し、なお相当期間利用に供し得た建物であつた」ことは一号の要件にかかるものであり、「控訴人が本件土地及び旧建物を取得したのは前年の一二月二四日であつて、それまで旧建物は訴外会社によつて利用されていたことが明らかである」ことは、旧所有者(売主)にかかることであつて、基準日における旧建物にかかる二号の要件の判断とは関係のないことである。結局、原判決は、基準日当時旧建物が利用されないことが外形的に明らかであつたことがうかがえないということをもつて二号の要件が充足されていると判断しているものであるが、一方においては基準日において旧建物が利用されていなかつたことを認定しているのである。したがつて、二号の要件が充足されるか否かは基準日における旧建物の不利用が一時的な利用停止か、恒久的利用意思の欠如によるものかが判断されなければならないのであるが、右判断は免除認定申請がなされた五月三一日以後の時点において遡つてなされるものであるから、右判断は前述したとおり基準日において存在した事実にその前後に発生した事実を加えてなされるべきものである(その具体的内容は「第二」において述べるとおりである。)。
基準日において旧建物は利用されていなかつたのであるから、原判決のいう外形的に明らかとは、取壊し予定の看板が建つていることという例示から窺われるとおり、不特定多数人の知りうべき物理的な状態におかれることのみを意味するもののようである。このことは、次に引用する説示によつても容易に推認しうるところであるが、そのような解釈は法六〇三条の二第一項一号及び施行令五四条の四七第一項二号の明文の規定に違反するものであり、実質的には一号の要件のみが恒久的利用状況等の判断基準となることに帰するものである。
「また仮に基準日前に取壊し計画が確定していたとしても、前記のとおり免除認定の要件の有無は基準日における外形的事実を基礎として判定されるべきものであるから、基準日当時取壊計画の確定が外形的にも客観的にも明らかであつたことが認められない本件においては、取壊計画の存否を考慮にいれることは許されないものというべきである。なお、旧建物の取壊計画というような納税義務者の主観的意思をたまたま課税庁が知つていたとしても、基準日における外形的事実から客観的に判明するものでない以上、免除の要件の有無を判断する上では考慮すべきものではないと考えられる。」(一三丁裏九行から一四丁表七行)
「取壊計画の確定が外形的にも明らかであつたことが認められない」という原判決の右説示が具体的に何をいうのか理解に苦しむところである。二号の要件は、免除認定申請から遡つて基準日及びその前後の補助的事実を総合して判断されるべきものであるところ、本件にあつては基準日前に取壊計画が確定しており、また建物が利用されていないことが明らかであり、さらに基準日から十数日後に取り壊されたのであるが、これをしも法六〇三条の二第一項一号に規定する「利用状況等が恒久的な利用に供される」ものであるというのが原判決の解釈を本件の旧建物に適用した結論である。
一般的に、外形的事実による法律関係の判断とは、主観的意思にかかわりなく外形的客観的事実があれば法律関係を認めるということであつて、本件事案の如く具体的事実に主観的意思が伴う場合には、右の意味での外形的事実による判断なる観念を持ち込む余地はない。しかるに、原判決は、「外形的に容易にうかがわれる」、「外形的にも客観的にも明らかである」、「外形的事実から客観的に判断する」等の文言を使用し、その意味を所有者の利用意思、建物の具体的な利用状況等を無視した極端に狭い解釈に限定しているため、右規定の解釈適用を誤つものというべきである。
しかして、右解釈の違法が次の「第二」に指摘するとおり、利用意思不存在を示す表徴事実に対する判断遺漏、理由不備の違法につながるものである。
四 なお、傍論として付言するならば、原判決が右の如く関係法条の解釈を誤つたのは、特別土地保有税が土地に対する固定資産税と重複して課税されることから、苛酷な課税であり、したがつて免除要件を極力ゆるやかに解釈すべきであると考えたことによるものではないかという疑念を禁ずることができない。しかしながら、そのような考え方に基づいて、法六〇三条の二第一項一号の「その構造、利用状況等が恒久的な利用に供される建物」という規定の解釈を行うことは、租税法律主義に違反するものである。
この点について、最高裁判所昭和三〇年三月二三日大法廷判決(最高裁判所民事判例集九巻三号三三六頁)が参照されるべきである。事案の内容は、一月一日に土地台帳に所有者として登録されている者は、四月一日から始まる年度の納期において所有権を有しないときでも、当該年度の固定資産税の納税義務を負うか否かが争われたものであるが、右判決は積極的に解し、その理由を次のとおり説示している。
「地方税法の関係条規を見ると、土地の固定資産税は土地の所有者に課せられるけれども、土地所有者とはその年度の初日の属する年の一月一日現在において、土地台帳若しくは土地補充課税台帳に所有者として登録されている者をいい(地方税法三四三条、三五九条)従つてその年の一月一日に所有者として登録されていれば、それだけで固定資産税の納税義務者として法律上確定されるから、四月一日に始まるその年度における納期において土地所有権を有する者であると否とにかかわらず、同年度内は納税義務者にかわりがないこととなつている。かように地方税法は固定資産税の納税義務者を決定するのに課税の便宜のため形式的な標準を採用していることがうかがわれるのである。
おもうに民主政治の下では国民は国会におけるその代表者を通して、自ら国費を負担することが根本原則であつて、国民はその総意を反映する租税立法に基いて自主的に納税の義務を負うものとされ(憲法三〇条参照)その反面においてあらたに租税を課し又は現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件によることが必要とされているのである(憲法八四条)。されば日本国憲法の下では、租税を創設し、改廃するのはもとより、納税義務者、課税標準、徴税の手続はすべて前示のとおり法律に基いて定められなければならないと同時に法律に基いて定めるところに委せられていると解すべきである。それ故地方税法が地租を廃して土地の固定資産税を設け、そして所有権の変動が頻繁でない土地の性格を考慮し、主として徴税の便宜に着眼してその賦課期日を定めることとしても、その当否は立法の過程において審議決定されるところに一任されているものと解すべく、従つて一月一日現在において土地所有者として登録されている者を納税義務者と確定し、その年度における納期において所有権を有する者であると否とを問わないこととした地方税法三四三条、三五九条の規定は前記憲法の諸条規(注・憲法一一条、一二条、一四条、二九条、三〇条、六五条)に適合して定められていること明である。」
特別土地保有税は、同一市町村において基準面積(五〇〇〇平方メートル)を超える土地を所有する者を一律に納税義務者とするものであり、法六〇三条の二は例外的取扱いとしての納税義務免除の要件を規定するものであるが、これらはすべて地方税法の定めるところに委せられているのであり、関係法条の立法趣旨は自治省の施行通達等によつて明示されているのである。法六〇三条の二は、基準日において地上の建物が「利用状況等が恒久的な利用に供される」ものであることを納税義務免除の要件とすることを規定しているのであつて、建物が基準日において利用されていなくても「今後は利用されないことが外形的にも容易にうかがわれる(例えば、取壊し予定の看板が建てられている等)といつた事情がない限り」(一二丁裏八行から一〇行)、常に右要件を充足するという原判決の解釈は、右大法廷判決の説示する租税法律主義に違背するものであるといわなければならない。
第二点 原判決は、理由不備、判断遺漏、採証の誤りの各違法があり、右違法は判決の結果に影響することが明らかである。
一 原判決は、「当事者の主張は次のとおり補足するほか原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する」(二丁表末行から裏一行)としている。一審判決は、事実摘示中で次に引用する被告(上告人)の主張を摘示しており(一審判決一二丁裏九行から一三丁裏九行)、原告(被上告人)は一、二審ともに明らかにこれを争わない(一審判決及び原判決の「事実」参照)。よつて、被上告人は次に引用する主張事実を認めたものとみなされるべきである(なお、一審判決は二五丁表において、「昭和五五年一月一日を中心としたその前後の旧建物の利用状況は、被告の主張1(二)記載のとおり(注・左記引用部分)であつたことが認められる」として、右事実を認定している。)。
「(二) ところで、本件土地には基準日現在、事務所、修理工場その他三棟の旧建物が建てられていた。そこで、被告は、基準日を中心としたその前後の旧建物の状況を調査したが、それは次のとおりであつた。
(1) 原告において旧建物を取得した昭和五四年一二月二四日以後、その取壊工事に着手するまでの間において旧建物を現実に利用した形跡がなかつた。
(2) 旧建物は、昭和五五年一月一六日には取壊工事に着手し、同年二月二五日にはこれが完了した。
(3) 原告は、本件土地を取得する以前から旧建物を取壊し、新しい建物を建設する計画を有していた。すなわち、昭和五四年四月から建物の新築について広島市担当課と協議を進め、また新しい建物は自動車修理工場の部分に規定以上の空気圧縮機を使用するため、建築基準法四八条三項の規定に基づく特定行政庁の許可を得ることに関連し、同年九月中旬頃から付近の住民に対し、建設のための同意を求めていた。
(4) 本件土地内には、同年一二月一八日から昭和五五年三月一一日まで、臨時電話も含めて電話は設置されていなかつた。
(5) また本件土地内において昭和五四年一二月二五日から昭和五五年二月二七日まで、上水道は使用されていなかつた。」
右事実のうち、(1)の事実は原判決の「基準日の時点で旧建物は利用されていなかつた」(一三丁表二・三行)という認定事実と符合する。その利用停止が一時的なものでなかつたことは、(4)(5)の事実のとおり、事務所ないし営業所としての利用に必要不可欠である電話及び上水道が取り外されたままであつたことによつて明らかである(さらに、一審の証人日戸義昭の証人調書四二項によれば、電気も一二月二八日から一月二八日まで使用されていなかつた。)。また、その状態は基準日以降はもちろん取壊しまで継続していたのであつて、このことは、(2)の事実とともに被上告人の恒久的な利用意思の不存在を表徴する補助的事実として、基準日における二号の要件の存否につき判断の資料となるものである。さらに、(3)の事実は、第三項で指摘するところの甲四号証により証明される事実と符合し、被上告人が基準日において(さらにいうならば取得のときから)旧建物の取壊しを決定していたことを端的に表徴する事実である。
このように右の各事実は、旧建物が二号の要件に該当しないことを示す外形的な事実に他ならないというべきである。しかるに、原判決は「(売主は)昭和五四年一二月一五日には最終的に移転を完了し、その後訴外会社名義の電話及び水道の使用も停止した上、前記のとおり控訴人への本件土地及び旧建物の引渡をなした」(八丁裏四行から七行)として、月日をすべて省略し、かつ基準日以降の事実については触れることなく抽象的な認定をし、次いで「最終的に昭和五五年一月一〇日頃旧建物の全部を撤去する方針を決定した」(九丁表四行から八行)と認定していることは、判断遺漏、理由不備の違法というべきである。
原判決の二号の要件の解釈によれば、前示各事実は「基準日当時旧建物が利用されないことが外形的に明らかであつたことがうかがえない」(一三丁表一〇・一一行)事実であるから、判断遺漏、理由不備の違法はないということになるかもしれない。しかしながら、当事者間に争いのない事実で、しかも恒久的利用意思の存否の判断基準として極めて重要な右事実の摘示を省略し、これに対する判断を示すことなく、一刀両断的に「基準日当時旧建物が利用されないことが外形的に明らかであつたことがうかがえない」と判示したことは、「第一」において述べたとおり、原判決が独自に使用した「外形的に明らか」という文言を極端に狭く使用し、結局、施行令五四条の四七第一項二号の解釈を誤つたことによるものであり、同号の適正な解釈を前提とする限り、判断遺漏、理由不備の違法が明らかである。
二 原判決は、「本来基準日における事実以外の事実は斟酌できないものというべく、ただ基準日の前後の状況によつて基準日における外形的事実を解釈する際に参考となる補助的事実であるものについては、それを考慮することが許されるに過ぎないものというべきである」(一〇丁裏一〇行から一一丁表三行)と説示しているが、右説示は「基準日現在の一時的な現況のみによつて免除の認定をすべきものではなく、当該基準日を中心とする一定の期間における土地の利用状況を勘案して行うべきものである」(乙七号証三〇三頁下から三行目から末行)という自治省の解釈と符合するものである。
建物が恒久的な利用に供されるか否かの判断は、基準日についてなされるべきことは原判決のいうとおりであるが、その判断の資料として基準日を中心とする前後の期間における利用状況を使用すべきであるとする自治省の解釈は、前述したように法定納期限までになされる免除認定申請により遡つて基準日である一月一日現在における判断がなされることからみて合理的なものというべきである。
原判決のいう補助的事実とは何を意味するのか定かでないが、原判決の認定事実のみによつても、旧建物は基準日である昭和五五年一月一日には利用されておらず、同年一月一〇日頃(この点につき、年末年始は営業活動がなされないことが考慮されるべきである。)旧建物の全部を撤去する方針を決定し、同年一月一六日建設会社が解体工事に着手し、同年二月二〇日頃これを完了した(九丁表)というのであるから、これらの事実は前述した旧建物の利用状況と相まつて、基準日における二号の要件の存否の判断に欠くべからざる重要な補助的事実であるというべきである。
しかるに、原判決は、右各事実が旧建物が恒久的な利用に供されるか否かの判断基準となるか否かについての判断を示すことなく、漫然と基準日当時旧建物が利用されないことが外形的に明らかであつたことがうかがえないということ(その判示の違法は前述したとおりである。)のみを理由として上告人の免除否認処分を取消しているのであつて(一三丁表一〇・一一行)、この点においても判決の結果に影響を及ぼすことが明らかな理由不備、判断遺漏の違法を免れない。
三<省略>